「この業務はあの人しか分からない」。人事・組織づくりのご相談で、ほぼ必ず出てくる言葉です。担当者が休むと仕事が止まる。退職が決まると、最後の数週間で慌てて引き継ぎ書を書いてもらう。けれど書かれた引き継ぎ書は、後任が読んでもよく分からない。多くの会社が、この繰り返しから抜け出せずにいます。
私(OhEN Funwork Studios 代表)は、AIエージェントのClaude Code(クロードコード)にある「Agent Skills(エージェントスキル)」という機能を使うなかで、この古い課題に新しい手が打てると感じています。この記事では、スキルを技術ではなく、ナレッジ継承と人材育成の道具として考えます。
スキルは「AIが読める手順書」
スキルとは、仕事の進め方を、AIが読んで再現できる形でファイルに残しておく仕組みです。料理にたとえるなら、うまくできた一皿の作り方を書き留めたレシピにあたります。
たとえば人事の月次レポートをスキルにしておくと、翌月からは「月次レポートをお願い」と頼むだけで、どのデータを使い、どう集計し、どんな形にまとめ、どこに気をつけるかまで踏まえたものが出てきます。仕事のやり方を覚えさせるメモリーの話が「経験を積ませる」ことだとすれば、スキルは「手順書がそろった業務」を一つずつ増やしていくことです。
マニュアルが整わない本当の理由
多くの会社で業務マニュアルが整わないのは、必要性が分かっていないからではありません。書くタイミングがないからです。
「落ち着いたらまとめて書きます」という約束が守られた例を、私はあまり見たことがありません。時間がたつと細部を忘れますし、そもそも落ち着く日はなかなか来ません。結果として、手順はベテランの頭の中に残り続けます。
スキルづくりのコツは、この順番を逆にすることにあります。AIと試行錯誤してよい成果物ができたその場で、「今回のやり方を、次は一言で再現できるようにスキルとして保存して」と頼む。手順を文章にする作業はAIが引き受けるので、人は残すかどうかを決めるだけです。記憶が新しいうちに固めるため、内容も正確になります。最初に30分かけて作り込んだ手順が、2回目からはひと言で動く。使うほどに、最初の手間が回収されていきます。
人事まわりで、スキルにしやすい業務
すべての業務をスキルにする必要はありません。向いているのは、定期的に発生し、手順がおおむね決まっていて、できあがるものの形が決まっている業務です。人事・労務の領域では、たとえば次のようなものが当てはまります。
- 入社手続きに必要な書類の作成
- 評価シートの集計
- 勤怠データの異常値チェック
- 求人票のたたき台づくり
このシリーズで取り上げたデータ分析、転記作業、報告資料も、いずれも有力な候補です。
スキルの蓄積が効く、組織の3つの悩み
スキルはファイルなので、チームで共有できます。ベテランが磨いてきたやり方が、AIを通じて誰でも実行できる「形式知」(言葉や手順として共有できる知識)に変わる。人事の目線で見ると、これは次の3つの悩みに同時に効きます。
1. 退職・異動による業務の空白
「あの人が抜けたら回らない」業務が減ります。引き継ぎ書を辞める直前に慌てて書くのではなく、日々の仕事そのものが手順として積み上がっていく状態になるからです。退職や異動のたびに品質が落ちる、という悪循環を断ちやすくなります。
2. 新しく入った人の育成コスト
新しく入った人が、早い段階から先輩と同じ手順で仕事を進められます。教える側も、毎回同じ説明を繰り返す必要が減ります。オンボーディング(入社後の受け入れと立ち上がり支援)の負担を、教える人の善意に頼らず仕組みで軽くできます。
3. 「あの人にしかできない」が生む評価のゆがみ
ある業務が特定の個人に張り付いていると、その人を異動させにくくなり、評価や処遇も実態とずれていきがちです。業務が手順として共有されると、こうしたゆがみを整理しやすくなります。
人事が整えたいルール
スキルを会社の資産として育てるには、いくつかのルールを決めておくと安心です。
- 誰がスキルを作り、誰が見直すのかを決める。手順書と同じく、担当者と更新のタイミングがないものはすぐ古くなります
- スキルを作って共有した人を、評価で報いる。自分のノウハウを手放すことが損にならない設計にしておかないと、属人化はかえって進みます
- スキルに個人情報やパスワードを書き込まない。共有されるファイルである以上、何を書いてよいかの線引きが必要です。考え方は生成AIを安全に使うにはにまとめています
おわりに
スキルは、いわば辞めない・忘れない・いつでも呼び出せる「手順書の番人」を社内に置くようなものです。これからの会社の強さは、こうした手順の資産をどれだけ積み上げられたかで差がつくと私たちは考えています。そしてそれは、技術の話である以上に、ナレッジを共有する文化と、それを評価する制度の話です。
OhEN Funwork Studiosは、採用支援と人事・組織づくりを仕事にしている会社です。「業務が属人化していて引き継ぎがうまくいかない」「新人の立ち上がりに時間がかかる」といった段階からご相談をお受けしています。お気軽にお声がけください。
AIの活用を社内でどう進めるかは、AI活用支援でもご紹介しています。ご相談はお問い合わせフォームから、お気軽にどうぞ。
あわせて読みたい
- AIを「自分好みの部下」に育てる|メモリ活用は、オンボーディング設計そのもの
- 生成AIでできること⑤提案資料編|人は筋を、AIは形を
- AIで職務が入れ替わるとき、人事は何をすべきか|肩書きはそのまま「失業」した代表の実体験から
この記事の要点
- スキルは、仕事の進め方をAIが読んで再現できる形で残す「手順書」。人事から見ればナレッジ継承の道具
- マニュアルが整わないのは書くタイミングがないから。うまくいった直後に、文章化をAIに任せて残すのがコツ
- スキルの蓄積は、退職・異動による空白、新人の育成コスト、属人化による評価のゆがみの3つに効く
- 作る人と見直す人を決め、共有した人を評価で報い、個人情報を書き込まないルールを整える
OhEN Funwork Studiosでは、採用・人事の現場に根ざしたAI活用支援・AI研修を提供しています。