前回の記事では、手元で作ったページをインターネットに出すところまでを扱いました。今回はその一歩先、「Webアプリ」の話です。眺めるだけのページとは違い、数字を入れると計算してくれる、記録をためておける、といった仕事の道具になるものを指します。
先に結論をお伝えします。自分ひとりで使う道具を作ることと、それを同僚にも使ってもらうことは、まったく別の難しさを持っています。 そしてこの差は、技術だけの問題ではなく、人事や組織のルールの問題でもあります。
社員が「自分の道具」を作り始めている
人事の現場を思い浮かべてみてください。たとえば次のような作業です。
- 想定年収を入れて、社会保険料を含めた会社負担額をはじき出す
- 面接の評価メモを、決まった様式に整えて残しておく
- いくつかの求人媒体から届いた応募者リストを、同じルールで名寄せする
どれも「毎回エクセルで手を動かしているけれど、専用のシステムを買うほどでもない」作業です。市販の人事システムは採用から労務までの大きな流れはカバーしてくれますが、自社ならではの細かな計算や書式までは面倒を見てくれません。
こうした隙間を埋める小さなツールは、いまやClaude CodeのようなAIエージェントに頼めば、数十分ほどで形になります。自分のパソコンの中で動かすだけなら、外に公開する手続きもいりません。買ったり探したりしていた道具を、現場の人が自分で作れるようになった。これは働き方の大きな変化だと感じています。
同僚に配った瞬間に、4つの問いが生まれる
ところが、「これ便利だから、チームのみんなにも使ってほしい」となったとたん、考えるべきことが一気に増えます。
- 誰が使えるのか:社外の人や関係のない社員に見られては困るなら、ログインの仕組みが必要になる
- データをどこに置くのか:自分のパソコンではなく、メンバー全員が届く場所(データベース)に保存しなければならない
- 同時に触ったらどうなるのか:2人が同じ記録を直したとき、片方の作業が消えてしまわないか
- 誰が面倒を見るのか:動かなくなったとき、作った本人が異動していたら誰が直すのか
個人の手帳と、部署で回す共有の台帳を比べると分かりやすいと思います。手帳なら好きに書けば済みます。共有の台帳になると、書いてよい人、保管する棚、破れたときの対応を決めておかなければなりません。
人事にとって重いのは「見られる範囲」と「属人化」
4つの問いのうち、人事の領域でとくに重くなるのは1つ目と4つ目です。
1つ目の「誰が使えるのか」。評価や給与のデータは、社員なら誰でも見てよいものではありません。 誰がどの情報にアクセスできるかを決めることは、アプリの設定項目である前に、人事制度そのものの設計です。便利だからといってこの線を決めずに広げてしまうと、後から元に戻すことはできません。
4つ目の「誰が面倒を見るのか」は、人事の方なら見慣れた問題のはずです。ツールを作った人が異動した途端、誰も手を入れられなくなる。 業務を良くするつもりで、新しい属人業務を一つ増やしてしまうわけです。
人事として決めておきたい3つのこと
では、社員が自分でツールを作り始めた会社で、人事は何を整えればよいのでしょうか。一般的な考え方として、次の3つを提案します。
1. 「自分で作ってよい範囲」を明文化する
私たちがすすめている目安は、壊れても業務が止まらないものかどうかです。自分専用、あるいは部署の数人で試すくらいなら、AIと一緒に作ってかまいません。一方で、全社で使うもの、個人情報を扱うもの、それがないと業務が回らなくなるものは、設計の段階から社内のエンジニアや外部のパートナーに入ってもらう領域です。この線を口頭の空気ではなく、利用ルールとして書いておくと、現場は迷わずに手を動かせます。前提となる安全面の考え方は「生成AIを安全に使うには|「なんとなく禁止」が現場を止めている」で書きました。
2. 作った道具に「引き継ぎ先」を決めておく
属人化を防ぐ一番の方法は、作った時点で使い方と直し方を残し、本人以外にもう一人、分かる人をつけておくことです。異動や退職の引き継ぎ項目に「自作ツール」の欄を足しておくだけでも、取りこぼしはかなり減ります。
3. 試作の経験を、評価と育成の材料にする
自分で一度ツールを作ってみた社員は、何が簡単で何が難しいかの勘所を持っています。外注するときも、見積もりが妥当かどうか、要件をどう伝えるかが見違えるように変わります。人事システムの入れ替えを考えている会社なら、ベンダーのデモを見て回る前に、社内で小さく作ってみるのも一つの手です。本当に必要な機能と、あると嬉しいだけの機能の区別が、自分たちの手触りで分かるようになります。こうした取り組みを「本業の外の遊び」と扱わず、業務改善の成果として評価に組み込めるかどうかが、組織に根づくかどうかの分かれ目になります。
最初につまずきやすいところ
- 本物の個人情報から始めない:練習中は架空のデータで十分です。実在の応募者や社員の情報を入れるのは、ルールと設計が整ってからにしてください
- 「動いた」と「任せられる」を混同しない:試しに動かせたことと、毎日の業務を預けられることの間には、まだ距離があります。その距離の中身については「デプロイとは何か|「お任せします」から卒業するための用語整理」で取り上げています
おわりに
社員が自分で道具を作れるようになるのは、組織にとって間違いなくよいことです。ただし、それを全社の力に変えるには、作ってよい範囲、見てよい範囲、引き継ぎの仕方、そして評価の仕方を、人事の側で用意しておく必要があります。
OhEN Funwork Studiosは、採用支援と人事・組織づくりを仕事にしている会社です。「現場がAIでツールを作り始めたが、ルールや評価が追いついていない」といった段階からご相談をお受けしています。お気軽にお声がけください。
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この記事の要点
- 人事の業務には「エクセルで手作業だが、システムを買うほどではない」隙間が多く、AIで自分用の道具を作って埋められるようになった
- チームに配った瞬間に、利用者・データの置き場所・同時編集・保守という4つの問いが生まれる
- 人事にとって重いのは「誰が何を見られるか」と「作った人がいなくなったら」の2つで、どちらもアプリではなく制度の問題
- 自作してよい範囲の明文化、引き継ぎ先の指定、試作経験の評価という3つを人事側で整えておく
OhEN Funwork Studiosでは、採用・人事の現場に根ざしたAI活用支援・AI研修を提供しています。